ガス管工事の音の非二元性

ここ数日、早朝からガス管の工事がはじまり、ガタガタと道路を掘りおこす音で目が覚め、寝不足の日が続いている。
「ガタガタ」というけたたましい音は外で発生していて、それによって、私は悩まされている。
外部の出来事は、私に対して起こっている。
なんの疑いもなく、そう思っていた頃は、問題が尽きなかった。

毎日、私に対して、予期せぬことが起こり続けるのだから。

しかし、非二元(ノンデュアリティ)のメッセージを聞いてから、私に対して起こっているというのは、思考によるつくり話であることが明確にわかるようになった。

発生している「音」と、その音を聞いている「私」が、別々には存在していないこと。
その瞬間、音を経験しているなら、音が私であることがわかるようになった。

そこには、音に苦しめられている独立した「私」もいなければ、私の外にある独立した「音」もなく、ただ、音が音としてあるだけ。

音と私は一つ。
でも、音が消えても、私が消えることはない。
私は音そのものではないが、音と距離を置いて存在しているものでもない。

この親密さこそが愛てあり、その愛だけが絶えずあることを、工事の音も含め、あらゆる音が指し示してくれている。

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